まぁー 性格も似てるやもしれん
顕家諫奏文[編集]
- 速やかに人を選び九州、東北に派遣せよ、さらに山陽、北陸にも同様に人をおいて反乱に備えよ。
- 諸国の租税を3年免じ、倹約すること。土木を止め、奢侈を絶てば反乱はおのずから治まるであろう。
- 官爵の登用を慎重に行うこと。功績があっても身分のないものには土地を与えるべきで官爵を与えるべきではない。
- 恩賞は公平にすべきこと。貴族や僧侶には国衙領・荘園を与え、武士には地頭職を与えるべきである。
- 臨時の行幸及び宴会はやめるべきである。
- 朝廷がたびたびの行幸や毎夜の宴会で莫大な費用を使っていたことへの批判である。
- 法令は厳粛に実行せよ。法の運用は国を治める基本であり、朝令暮改の混乱した状態は許されない。
- 政治に有害無益な者を除くべきである。現在、貴族、女官及び僧侶の中に、重要な政務を私利私欲によりむしばんでいる者が多く、政治の混乱を招いている。
「延喜・天暦にかえれ」をスローガンにした建武の新政だが、その内実は、宋学の影響を受けた後醍醐天皇による君主独裁制に過ぎなかった。律令制以来の国家体制の再組織を狙い、官位相当制や官職の世襲請負制を打破して、既成貴族層の解体を図る新政の改革は、顕家をはじめとする貴族層にも受け入れがたいものであった。
諫奏文は「もしこの意見を聞き届けていただけないなら、自分は天皇のもとを辞して山中にこもる」と激越な文章で結ばれている。顕家の憤りの強さ、そして諫奏文を送る上での覚悟が窺える内容となっている。