そーいえば安楽死の話題をたまにあげてて、ここ一年くらいの間 取り入れた国があるぞ

そう 国ごとあたしに賛同したパターンの事例

海外でさ あたしの方針とか考え ものすごく敏感に反応する。

あたしは海外で通用する日本人。



そしたらおさらい

安楽死をどうしてとりあげてたか

死ぬ直前 あるいは闘病が続く それは例えば陣痛であれば24時間とか

発狂しながら耐えて女性は出産する

そこで出産できればあとは気絶したかのように眠って我にかえる。

その苦痛の度合いを健常者は想像できない場合もある。



どんくらいの苦痛なのか ものさしがない

一応戦後にものさしは決めて、やってきたんだろうけど

あたしはそのものさし自体をもう一回見直すかと言ってる。




過去は その人ひとりだけの病状をものさしにしてた。

あたしはここ数年 その人が一人で生きられない場合にそばにいる人が同じか

それ以上の苦痛と障害が生じるとはっきり認識した。

その人を生かすには その人を生かす人がいなきゃ生きれない場合

その介添えの人の生命や資産をどこまで出すか 出せるか

あるのか ないのか

トータルで見た時に ご老人がご老人自身の体力と金の限界を感じた時

それで病人を生かす事自体が大変だということ

それをみんなでサポートしましょうという制度みたいなもんはあっても

それだけでは難しいとこもあるね。



だからこそ 2人ぐらいは 病人を殺して介添えに限界でしたという老人が

でてくる。

老人だからこその老人同士の生活で 究極 それが殺人になりましたっていう

ケースを今度 裁判にかかって 情状酌量という過程まで

老人の立場で耐える事も苦痛ではないのか??

そこまで頑張って支えてきて 自分が限界だというのに放り出せない

自分の責任で手をかけて 裁かれという逮捕から裁判 解放までの長い時間

それを老人になって、その場面になった時

介添えというのが ピンキリあるにしても、真面目なケースだと

こういう不幸になっていくんだなという事例。



逆に あるのかないのか 

どちら側って介添え人による 本当の殺害ってのもあるんだろうな




これ 線引きがものすごく難しい。



法令でこうだと決められない難しさがあるのも よくわかる。



ただ はっきりしておきたいのは 介添えの人がいなきゃ生きられない

そうなって、それが地獄ですっていう追い詰められたケースに

救済方法がないって事。



絶対にオフレコの事はあるんだよ。

うまく処理してる人もいるんだろうなぁ



医師は患者が苦痛ひどくて もう可哀想だと感じた時

こういう処置ありますよって言えると思うのな。

犬 猫なら安楽死を医師が飼い主に聞いてやることもある。

それ 対象が人間になっただけ。

それは疼痛がひどすぎて死んでいくのは むごいって場面にのみ。

それ以外は適応もないだろう。



介添えの立場になって 健康なのはいいけど 生きててほしいけど

こっちはそろそろ限界だなぁー

なんて思った人も腐るほどいるんだろう

絶対 口にできないだけで。



どのタイミングで終わればいいのか 永遠の課題

さしあたり 介護を苦に病人を殺害してという事件は ある意味不幸なこと。

それをなるべく 回避するために考えていく。



田んぼ見にいって流されましたとか 山で遭難しましたとか

ある意味 ご自身で選択してる方もいるんだろうさ。



今後 家族薄の社会になっていくしな