はい そしたらなぜか またバビロンに繋がった。ペルシアは日本語 勉強してるか???


寓話(ぐうわ)とは、比喩によって人間の生活に馴染みの深いできごとを見せ、それによって諭すことを意図した物語。 名指しされることのない、つまりは名無しの登場者は、動物、静物、自然現象など様々だが、必ず擬人化されている。 主人公が、もしくは主人公と敵対者が、ある結果をひき起こしたり、ある出来事に遭遇する始末を表現する本筋は、なぞなぞと同様な文学的構造を持ち、面白く、不可解な印象を与えることによって読者の興味をひき、解釈の方向を道徳的な訓話に向ける特性を持つ。民話によく見られるように、物語の語り末には、寓意的な解釈を付け加えることが習慣的に行われてきた。

歴史[編集]

古代オリエント[編集]

寓話は、神話 と同様にとても古い文献に発見されている。現時点では古代オリエントのものが最も古い。古代ギリシャローマ以前の寓話は、イソップ以前の寓話 Ante-Aesopic fable と総称されている。19世紀後半から古代オリエント楔形文字が解読され、1931年にドイツのアッシリア学者エーベリングがいくつかの文献をまとめて「バビロニアの寓話」として訳した[1]。その後も文献は発掘されたが、寓話の研究は衰えた。最近ではアキモトの研究がヴァンダービルト大学から発表されているのみである。彼の研究によると、古代オリエントメソポタミア、エジプト、地中海東岸、アナトリア)では、寓話は、口承文学として文字以前からあり、文字の発達とともに粘土板にも現れた。シュメール語アッカド語の短い寓話が、やその他の民話といっしょに収集された粘土板は、そのほとんどが学校の遺跡から発見されている。ヒッタイト語フルリ語バイリンガルで残る寓話集は、神話と伝説の中にもりこまれていて、ある話し手が次から次へと寓話を語っては解釈して聞かせていくという形式をとっている最も古いもので、ヒッタイト版が、紀元前1400頃、その原本となったフル人の寓話は、もっと古く紀元前16から17世紀頃のものと推定されている。 Ninurta-uballitsu ニヌルタ・ウバルリトゥスウの古代アッシリア寓話集は、紀元前883年に完成と記されていて、編纂者名前と編纂年の判明している最古の寓話集である。古代アッシリア王家の書簡の中にも寓話を使ったものが発見されている[2]