キリスト教とイスラム教の対立はオランダ・ドイツのプロパガンダ ハプスブルク家はその上か?

気に食わないから書き直し
 
キリスト教の拠点 バチカン イタリアにある
ここの傭兵はスイスで派遣してるというのは前に見た
 
ハプスブルク家直接関与してたか?
 
日本でプロパガンダやってる情報の一部はそこの機関と下請けだよな?
 
ぶっちゃけ アメリカの神道やってる組織が脳内噴火してると思うけど、あたし巻き込まれてるだけなのね
ちゃんと線引きして
 
そもそも 多勢が仕事遅いのが悪い
 
 
 
 
 
 
 
 
※「竹内文書」とよく巷に流れる その竹内は
朝鮮工作員みたいな事をやってる竹内の一派だ
つい最近 5ちゃんで偉そうな事を流布する竹内という女の話題があった その学歴インテリ女もこの関係
竹内犯罪者 自分は竹内犯罪者からきたハガキ3枚ほど画像庫に入れてたはずなのに 見つからない
移動でもしてしまったのか 削除されてる可能性もあるな
 
竹内犯罪者は霊山略記が出る10月以前に 青森の新郷村へ行き来して、キリストの墓伝説をでっち上げやったな?
霊山略記は記事が多いから原稿校正やっても時間がかかる
時系列で行っても イギリスには霊山略記が出る前にキリストの墓があるという捏造の準備を
もちかけてた たぶん
イギリスがキリストの墓伝説をふかすのに、サドルカーンに似たものがあると協力した形にした
 
 
 
大日本帝国の従〇位って 
イギリス王室への従属であって 
皇室って存在はダミーなんだ
自分らに従ってるとわかると、日本がイギリスの植民地だってバレるから
 
だからプーチンはイギリス王室から勲章なんて
もらう必要がないとあたしは書いた
 
 
 
 
ドイツにオランダとイギリスの出先がある
それがアメリカも含め スイスも入っている
 
スペイン・ポルトガルという合算した言い方で スペインを併合した形の
スイス ハプスブルク家が出てくる
昔 日本にキリスト教を伝来させたイエズス会はスペインポルトガルだと
されてるなら、それは邪教 それがバチカンで護衛がスイスと言うなら
そもそもキリスト教はいったい何だったのか
 
十字軍の話も不可解になってくるしテンプル騎士団の話も不可解
近年活動してる組織はその末裔をなのっているとして
つじつまが合わない 十字軍自体が金集めの口実でテンプル騎士団
それに利用され虐殺されたなら 子孫だって同じ目にあってるはずなのに
貴族をできる訳がない
 
イギリスは昔エジプトを占拠した歴史を使い エジプト宣伝が多い
でもエジプトの骨董品はなぜかオランダにある
オランダ王室はイギリスに亡命してる
オランダ王室は東インドという呼び名でインドネシアを占拠地にしてた
多数のオランダ女がインドネシア慰安婦で活動してたとして
よくも国際司法裁判所なんて作れるよな?
インドネシアに送り込まれた女達って貧困層の女とか移民達だろ?
 
インドネシアってムスリムが多いと聞いてる
お布施のようなもの 出してるのか? だったらそれを集金してる先は?
サウジ? オランダ? ドイツ?
 
キリスト教の信者のお布施みたいなものは バチカン
それをスイスに払ってる?
 
仏教としては宗派がわかれ 仲にはインドが関わっている
仏教言ってもインドか 中国か?
ヒンズー教言ってもインドだし
 
宗教貴族に 日本の皇室はすごいのよって混ぜてもらってるって?
ハプスブルク家関係してるじゃないか
青森のテンプル騎士団来たかも!!ってヤツは ドイツ系アメリカ人の
フリーメイソンが入ってるようだ でもイギリスが関与してるし
テンプル騎士団の画像って十字軍を思わせる衣装で
それって「赤十字」を思わせるものなのさ
 
世界破滅の理由
 
イスラエル利権 イギリスがメインのドイツ込み
エジプト利権  イギリスがメインのドイツ込み
 
聖書産業 人類の最初のバイブルと宣伝に使った古書上
 
イスラエル難民か貴族が書いた 白人ユダヤメインの改ざん図書
災害や時事が記されてるという ※自分は読みたくない
旧約聖書の後半に バビロンへの移動までが記されていたと
しかし、バビロン捕囚のような部分はなかったと
書いてる人がいたのを見た事がある
 
エジプトでかなり人がいたのは当時の公共事業に関わる産業でだろうけど
エジプトにいた記述がなかったらしい 旧約聖書には
 
新約聖書は神との契約?予言みたいな事が多いと言う
予言書みたいなものが新約聖書らしいと見た事はある
 
これが白人バイブル扱いなら エジプト古書 記録 遺産は
オランダ イギリスなわけだ
イギリスは奴隷貿易時代にエジプト占拠してるというから
「ハザール(仮にイギリス前身)はウマイヤ朝(仮にアラブ前身でエジプトを含む)に負けた でもその後 イギリスという国としてエジプトを占拠した事になる 奴隷貿易の時に
 
エジプトキャンペーンと白人ユダヤキャンペーンは 行ってる本体が同じとこで繋がってる
 
自分は昨日あたりまで サウジにエジプトのカアバの中身を移動させたな?と
思ってたけど エジプトをサウジの位置づけにしたら 持って行っても
同じか?と考えた
 
しかし、エジプトの祭司側と軍隊はまた違う その軍隊の中にも右翼や
左翼がいたとして
 
スンナ派が占める宗教エリアを見たらエジプトも入ってるけど
シーア派ペルシャと見た場合 ローマ帝国側はペルシャに戦で負けた歴史
を持つのもある そこにエジプトの影は見えない
つまり エジプトの一部はスンナ派勢なのかと思い始めた
エジプトのどの部分をエジプトと言うか
世間じゃ司祭側 施設保持者側を見るだろうけど 自分は違う
 
自分はアッシリアはシリアと位置づけした上で その民族をアフガンでは
ないかと見てる 
 
エジプトピラミッドが先でバビロニア遺跡が後という風潮で世間はいる
その流れから前は エジプトの公共事業が終わり、職のない人達が
エジプトから出され バビロニアの公共事業に移ってきたと見ていた
これ書いた当時 こう記してるヤツは誰もいない
建設事業を知ってるヤツでないとわからない事だからだ
 
エジプト文明においての拷問器具に関し バビロニアでは出ていない
拷問器具についてのやり方やノウハウは中東でなく ローマに流れ
イギリスを含むヨーロッパ一部でエジプト式拷問が始まった
これはローマ施設も公共事業であってバビロニア施設作る時期と
どのくらいタイムラグがあるかどうか まだ合わせていないが
 
では イタリアへたくさんのエジプト人が流れたのか?と言えば
そのような気もしない これがエジプト司祭側と配下はアフリカ系でも
移動した人達でアフリカ系はあまりいなかった と考える
エジプトの中の労働者管理システムの拷問ツールだけ 移民者から流れ
触発された一部がエジプトへ調べにきたとしても 現地オリジナルで
始まったか 器具を譲られたか とにかくヨーロッパに持ち込まれた
 
そもそも エジプトの司祭側が褐色系かと言えば化粧をしてた場合
白人系の可能性もある
 
エジプトの記録にある拷問は原始キリスト教団の中身だ